野良イモリ博士のblog

社会人学生野良イモリが大学のことや考えていることを発信します。

心の健康を保つために余暇時間は必要ー実感したことー

 このところ心境変化があるので今回はそれについて記したいと思います。

 

気分の下降

 この頃は気分が下降するようなことがよく起きるようになりました。原因は休日の過ごし方にあります。ひょっとすると意識にないだけで平日の過ごし方も良くないのかもしれません。

 なぜ気分が下降するかと言うと、休日に休むということができないからです。
 最近の生活スケジュールとして平日は7時半頃に家を出て18時半か19時頃に帰宅をするというルーティンがあります。帰宅してから食事に30分ほど時間をかけていて、その後30分ほどは何もせず過ごしています。そうすると20時になります。5月最後の週を例にとるとやることが多くて終わりそうになかったので休憩を含めて3時間作業の時間にかけるということをしていました。

 そうすると終わるのが23時ということになります。そこからお風呂に入るんですが,お風呂から上がった後すぐに寝るということが気分的にできなくて,結局0時半に寝るという生活を繰り返していました。

 このように平日とても時間が足りていないので,休日にもっと時間を確保しようという思考が働いています。5月の平均として概ね土日両方5時間ずつ時間を確保していました。

休日に休まない弊害

 そうすると外出できないんですね。

 例えば家から1番近い町で車で30分ありますということは往復で1時間かかります。その1時間すらもロスと考えてしまうのです。だから普段は家にこもりきりで作業をするんですが、そうするとたった週に2日しかない休日が全部潰れてしまったというような意識になってしまいます。

 かといって外出すると作業を十分終えることができなくて、外出した事そのものへの後悔が出てくるんです。どっちにしろダメだということです。

 


自分を責めてしまうが,本当は自分が悪いのではない

 もし時間に余裕を持つことができれば、こんなマイナスな感情を持たずに済むことができるのかもしれません。ただ、少なくとも今の自分にはそこまではできません。

 スライドを作るというたったそれだけのことでここまで大変な思いをしてるのですから、これが作要旨も作るぞ、本文も作るぞ、というような状況になればもっと大変になるということが言えます。

 自分自身では余暇時間を持つということが効率化を考える上で良いという認識は持っていますが、精神を安定させるためにも余暇時間というのはとても重要なんだっていうことを改めて実感しました。

 

今後に向けて

 僕は研究者を目指している。だからこそ博士課程に入学をしました。ただ時間に追われているような状況を続ければ、このように精神的にも余裕を持つことができず、自分の健康としても良くないということが言えます。
 自分自身も物事を効率的に進めるように意識してやっていこうとは思いますが、その一方で自分自身がゆとりをもって研究に打ち込める環境も持ちたいなと思いました。

 余裕を持つことはとても大事です。

休息は重要ー過労っぽくなったー

 過労っぽくなりました。

 緊張状態,興奮状態にあるときって,疲れを感じることができません。だから,全然平気だったのに,突如として体調を崩すこともあります。

5月に詰めすぎた

 きっかけは,5月にあります。5月,研究に費やした時間は,89時間でした。社会人学生を始めて6年目になりますが,史上最多です。これまでの最高は,2018年5月の82時間でした。

 月89時間というと少ないように感じるかもしれません。しかし,実際の生活にしてみると,18時半から19時の間に帰ってきて,着替えやら食事やらしていると20時になります。そこから休憩を含めて3時間ほどしているので,もう23時です。そこからお風呂に入るのですが,上がった後すぐ寝るのは気分的に嫌で,しばらく動画を見たりしてだらだら過ごしています。そんなこんなで就寝は0時半になります。

 それでも,2018年5月の時と比べると時間のコントロールはできているつもりでした。効率が悪くなった時,無理に伸ばそうとしても,効率が余計に下がり,逆に完成しなくなってしまうことがわかっているので,適度に時間を区切って,限られた時間内に成果が出せるように意識していたつもりでした。

 

社会人学生は不健康 

 しかし,いくら好きでやっていることとはいえ,博士課程の学生ということそのものが一人分の仕事ほどの量があるので,疲労はたまるものなんだということを実感しました。

 博士論文審査の副査になっていただく先生方にパワーポイントを見ていただく機会がありました。それが終わった後,ドタッと疲労がやってきました。その時は金曜日だったのでなんとなくしんどいなくらいで終えたのですが,疲れが取れないので,これは過労だなと感じました。というのも,2018年6月も同様に過労になったからです。

 論文の締め切りも非常に厳しいので,短期間の間にこなさなければならないノルマを考えると,費やさないといけない業務量の多さはとてつもないものになります。

 そう思うと,少なくとも博士後期課程の場合,このように時間を費やさなければならない時が必ず来ますので,疲労がとてもたまります。非常に不健康だということができると思います。したがって,社会人学生だからといって6年間もかけるのではなく,年数を決めて,短期間で決めるということをする必要があるように思います。

 

余暇時間は効率を上げるうえで重要

 そう思うと,余暇時間というものの重要性がわかります。余暇時間は一見すると無駄な時間のように思います。合間合間にゆっくりする時間があることで,やっと効率的な作業をすることができるのです。

5月の総括

 今回は、5月の総括をします。

 疲労感がかなり出てきました。

 

研究に費やした時間

 5月、博士論文研究の関係に費やした時間は89時間でした。史上最多です。過労を起こす原因となった2018年5月を超えました。

 月の前半は平日1時間、休日3時間くらいのペースでした。後半は、それでは間に合わなくなってきて、平日2〜3時間、休日5時間のペースにしました。これでも休憩時間はのぞいているので、家にいる時間が非常に増え、外出することすらままならなくなってきました。こうなってくると、ストレスが溜まりますね。研究自体は好きですが、平日だと家に帰るのは18時半〜19時くらいなのですが、そこから夕食を30分ほどで食べ、30分ほど少しゆっくりするとすぐに20時になり、大体はここから2時間やるという感じです。終わったら、もう寝る時間です。休日でも朝8時か9時に起きて10時から1時間ほどして、お昼を食べて昼から4時間するとなると、もうそれだけで夕方です。なので、この月89時間というのがどれほど時間を費やしているかがお分かりいただけるかと思います。

 

増してきた疲労

 こんな生活をしているからですが、最近、疲労感を感じるようになりました。

 倦怠感。熱はないのに体が熱っている感じ。これは、2018年5月(実際に過労状態を自覚し始めたのは6月)の時と同じ現象です。

 頑張っている最中というのは気づかないんですよ。2018年の頃も、5月は何も感じてなかったです。当時は学会と論文の投稿だったのですが、それが終わってから、どたんと崩れましたね。今回もプレゼンが一度できた瞬間に感じました。ただ、その後すぐ修正が入ったので、またスイッチが入ったのですが。だから、今は多分緊張感で疲労を感じなくなっているだけだと思うんです。

 かといって時間が必要なのもまた事実なので、限られた時間でやるしかないんです。今以上に時間を増やすことはできません。89時間が、社会人学生としては限界だと思います。

 

時間と成果のコントロール

 得たものといえば、時間と成果のコントロールです。2018年の頃は全然、成果と時間のコントロールができていなかったんです。当時は2、3時まで起きる生活が普通でしたので。

 けど、今は睡眠時間を確保しつつこれだけの時間を使うことができているので、相当効率化したと思います。ただ、それでも就寝時間0時半とかなので、今の状況が良いということではありません。

 

早く終わりたいがまだ続きがある

 今の状況はしんどいので、早く終わりたいです。早く終わって旅行がしたいです。お出かけがしたいです。

 でも、とりあえずスライドができても、そこから要旨の作成を急ぐのと、本文の作成があるので、まだまだ続きます。この状況は、おそらく公聴会まで続きます。だからこそ、体調管理はしっかりやりたいです。

 そうはいっても疲労で体調は下降して行くと思うので、前期末修了後の半年間は、ゆっくりしようと思います。

申請前プレゼン,終わりました。

 学位の仮申請前の1回目のプレゼンが終わりました。

 全然まだまだだと思いましたが,とても勉強になりました。

 ただ,疲労に伴う倦怠感が出てきたので心配しています。

 

事前の準備

 今回は,事前の時間にかなりの時間を要しました。

 最初のほうは,平日1時間,休日2時間~3時間くらいの感じでやっていましたが,ペース的に間に合わなくなってきたので,後半は平日2~3時間,休日5時間~8時間くらいのペースになってきました。

 したことは主にこの3つです。

  • プレゼン作成
  • 要旨作成
  • 申請関係書類
  • 同時進行中の学会

 プレゼンがメインですが,要旨もあったのでなかなか大変でした。申請書類関係の作業も,意外と時間を使いました。

論理的な展開の未熟さ

 論文においては論理的な展開ということを意識するようになりましたが,プレゼンも同様に情報をしっかり論理的に出すといった作業が必要でした。そこができていなかったのが反省点です。この点には,自分ができていないことに途中からうすうす気づいてはいました。一度作ってしまうと,そこからの修正が難しくなるものですね。

 今回の場合,文章が先にできていて,プレゼンは学会発表のパワーポイントをベースにして作成したので(それも時間がなかったので,効率を上げるための手段ではあったのですが),本来はそこから必要な情報をピックアップし,足りない情報を補足するといったことができればよかったのですが,そこが不十分で,ある程度の形になった時点である程度の満足をしていた気がします。既に作っている情報を細かく分けるといったようなことが,まだ苦手です。

情報の出し方

 もう一点,気づかなかった点は情報の出し方です。人とものという2つの要素があった場合,それらの情報を出す順番を意識しないと,聞いている側からすると議論がごっちゃになっているように見えるのです(事実として,ごっちゃになっているのかもしれない)。この点は,今まで意識したことがなかったかもしれません。

 

知識不足

 今回最も感じたのは知識不足です。

 情報を発信するための知識を十分に持っていません。博士号を取得するラインがテストの点数で例えるところの60点で,科学者としてやっていくのに必要なレベルが100点だったとしたら,僕のいまの状況というのは60点が取れそうだねという雰囲気です。議論するに十分な知識がないことが,今後の課題に最もなりうると思いました。それは研究計画を立てる際にも言える話で,今後仮に博士号を生かした道をと考えていくのであれば,その点の補強を十分にしておかないとやっていけなくなるということも感じました。

 

今後の道筋

 そう思うと今後の道筋が見えました。今のままだと,名実ともに「博士号を持っている,ただの人」ということになりかねません。まずは,知識の補充が必要です。

 博士号を持っているただの人で終わるのは,ここまでこんなに多くの時間を費やし,過労にもなり,趣味も減らしてきて苦労を買ってきた(とは思ってないが,客観的に見ると,今までしてきたのは苦労)のが無駄になる気もしていて,無駄にはしたくないと思っているところです。

 当然,修士のころと現在とでは比較にならないほどレベルが上がっていることもまた事実ではあります。しかし,正直なところ先生たちの導きがものすごく大きかったのです。博士号が仮にとれたとしても完全な実力だとは思いません。サポートを受けてやっと得られる学位だということはできると思います。

 目指す道があるのなら,それに向けた道を歩む必要があるとも思いました。調査をしたいなら今の職にいる限りは無理ですし,今の職を離れればお金の稼ぎ方といった金銭面の心配をしなければいけません。バランスを誤れば,お金集めに必死で何もできなかったという展開になる可能性すらあります。

 

社会人学生でよかった

 僕が博士課程で学んだことは,科学としてのプロセス,論理的展開ですが,もう一つ,成果を出すためのコントロールのしかたなのかもしれません。それは,かつての僕では無理だったし,社会人学生だからこそできたことだなとも思ってみました。

 少々,時間がかかりすぎましたが。

博士論文の審査関係,動き始めました

 タイトルの通りですが,博士論文の審査関係で,いよいよ動き始めました。

 近況を書き留めておきます。

4月までの状況

 4月は博士論文の本文のことしかしていなかったので,わりと余裕がありました。今から思えば要旨や引用文献の一覧を作り始めておいたほうが楽だったなと思いますが,この段階では先を見通せていなかったです。

5月に入ってから

 やっていること(やらないといけないこと)は以下の通りです。

  1. 博士論文本文をとりあえずの形にはする
  2. 発表用スライドの準備
  3. 博士論文要旨の作成
  4. 申請関係書類の準備
  5. 学会発表(オンライン)

 マルチタスクです。

 5月に入ってから,スライドの準備を始めました。やってみると大変で,スライドをとりあえずの形にするのに時間がかかりました。もうちょっと早くからコツコツと進めておけばよかった!と後から思いました。ただ,気づいた時には,「時すでに遅し」といった感じがありました。

 しかし,やはりスライドも指導を受けてみないとわからないものです。自分のスライドの出来がどの程度かわからなかったので,指導を受けてみて初めてわかるところが多々ありました。そう思うと,よく頑張った方だな・・・と思います。

 ただ、ここまで詰めてやっていると、気が狂いそうになります。笑

 

同時進行

 昨日,8時間を費やしてようやくスライドができたのですが,博士論文の要旨を作らないといけないので,急遽,作り始めました。本当は,本文の微調整と引用文献欄の作成などもしないといけないのですが,要旨づくりをあえて最優先にしています。5月からマルチタスクな状態になってきたので,実感する負担が大きくなってきました。4月は余裕だったとか言っていた時期が懐かしいです・・笑

 昨日はとにかくスライドを完成させようと躍起でした。ただ学会が同時進行中だったり,博士論文に関係する書類の準備だったり,時間を取られることがあったので,かなり時間を要してしまいました。

 しばらくこんな状況は続きそうです。大変になってきましたが,やらないといけないことに変わりはないので,忙しさの中でも自分で効率的なやり方を考えるなど,ある程度コントロールして,無理なくやっていきたいと思います。

 今の状況が2018年の5月ととても似ているだけに,当時のような過労にはもうならず,成果もしっかり出していきたいというのが今年の5月の状況です。

 

 審査が終わるまではこんな感じかー!!と思うこともありますが,とりあえず仮申請を出すだけでもひと段落するとは思うので,ともかくそこに向けて頑張ろうと思います。

緑地系に転向?回帰?するかを考えるーポストと今後を踏まえてー

こんにちは。野良イモリです。

今回は、僕の今後と今までしていたことを織り交ぜたお話をします。

 

専門分野

 僕の専門分野は何か?と聴かれた場合、少し迷います。

 修士課程の時代は、学校ビオトープのことをしていました。植生調査もしていたので、ほぼ、生物です。「理科教育」というのとは違います。だから、僕が植物のことを聞かれた場合はある程度お答えすることができますが、物理学のことを聞かれても全くわかりません。笑 現在は、大雑把にいうと環境教育をテーマにしています。若干生物とは離れました。社会科学チックな感じです。したがって、僕は修士と博士で割と違ったことをしています。

 

環境教育ではポストがない

 現在の環境教育という専門分野で研究職を探そうなどと思っても、ないのです。ノーヒットです。笑えるレベルです。

 「環境教育」のポストの少なさは、僕の研究室探しを取り上げてもお分かりいただけます。西日本では今の大学しかなくて、テーマ的に少し離れた研究室しかありませんでした。西日本以外でテーマ的に合う研究室を探そうと思うと、関東にしかありませんでした。それほど少ないです。

 仮に少ないポストが空いたとしても、次の年にはおそらくまた募集がなくなります。それに環境教育という分野はとてもボヤッとしているので、正直にいうと誰でもできてしまう気がすると思うのです(実際には、そんなことはないが)。この分野でポストを得ることはできませんので、他の分野にしようと思うことがあります。

 

緑地系にしようかな

 思いつく分野は緑地系です。というか、もともと僕が得る見込みの学位がそもそも緑地系なので、転向するも何もないんですが(笑

 ただ、僕自身がかなり学際的な色合いを帯びた分野を選んでいるので、専門知識には劣ります。そこで、知識の補充をしなければいけません。修士課程にもう一回入ってもいいかもしれないと思うレベルです。学部の授業を受けに行く方が良いのかもしれませんが。

 それなら、今自分にとって課題となっている調査手法の少なさを補うことができ、研究分野的にもかなり関連していますし、自分にとってもメリットが大きい。

 

緑地系に転向するメリット

 環境教育のみだと、できる話が限られてきますが、緑地系を足すことによって環境という側面についての話をすることができます。環境的要素というのは人にとって無意識的な存在になるので、ここの話をすることができるというだけでも相当なアドバンテージをつけることができます。

 

学校ビオトープの反省 

 学校ビオトープというものが流行していた時期があります。

 学校ビオトープは一般的に「総合的な学習の時間」という時間が設定されたことをきっかけとして広がったと言われています。環境教育の場として想定されていたそうです。

 しかし有効に活用されているのか?といった課題も出ていました。僕が持っているデータも2010年前後のものなので、最近どうなっているかわからないものもありますが、廃れている事例があるということも報告されています。

 この事例からわかることは、形から入るだけでは難しいということです。どのように活用するかと言ったことは置き去りにされていると、使われなくなるのも無理はないです。活用されるには明確な問題意識が必要であり、それが「総合的な学習の時間が新設されたから」という一時的なものなのであれば、持続も難しいのは想像に難くありません。むしろソフト面の整備、要するに指導計画の立案などがあって、必要に迫られて作るということの方が良いような気がしています。しかし、環境教育はそこまで必要性が認識されている分野だとは思えません。

 

緑地系に行くとしても

 環境教育の絡みで緑地系の話題を取り上げようとした場合にも留意しなければならないのは、過去の学校ビオトープの反省からもわかるように、環境的側面の整備というのは必要だとしても、それは必要に迫られて準備されるものでなければ、活用されなくなって終わるということも十分に考えられます。地域の自然環境という、もっと広域的なものであれば話は別ですが、環境教育の場として捉えるのであれば、環境教育自体がメジャーではないだけに、整備されるだけされてあとは廃れるという恐れもあるのです。

 そう思うと、緑地×環境教育というのは理にはかなっていますし、割と良いアプローチだとは思います。しかし、現実がついてくるかどうか・・・ということは言えますね。この分野が、将来的に今話題のプログラミング教育や一時期、時の首相によって話題になり「栄養教諭」なるものも新設された食育といったようなインパクトを与える可能性があるかというと、それは難しい分野であるということはできます。

 そう思うと、いかに環境教育を一般的なものにするのか、と言ったソフト面に着目した議論になりますが、そう言った観点から緑地を捉えると、環境教育を促すための緑地、と言った過去の学校ビオトープの事例をめぐる反省と重なってしまう気がしました。むしろ、環境教育は公教育と言った場以外の場に存在するものなのかもしれません。

 結論。わかりません。笑

コツコツ進めることのメリット

 こんばんは,野良イモリです。

 今日は,ゼミの準備についてのお話をします。

 

 

直前にすると進まない

 ゼミの内容は研究室によってかなり異なっていると思います。

 僕の研究室の在籍状況は以下の通りです。

  • K大学:学部生時代のA研究室=修士課程生時代のP研究室
  • O大学:博士課程に進学してからのL研究室

 両方の研究室とも,同じようなやり方です。

 基本的には研究に対する個別指導(内容に関する議論)です。厳密には,O大学のL研究室は時折,研究室全体でゼミをする機会があります(現在はやっていませんが)。僕は仕事なので当然のように不参加でしたので,個別指導のみです。

 僕はお尻に火がつかないとできないタイプでして,直前に焦ってやるパターンが多かったです。ただ,それだと結局準備不足になるので,進まないパターンが多いです。

 

コツコツやるのがいい

 結局は時間のマネージメントというところに帰着するのですが,コツコツ進めるのがいいと思っています。

 この頃僕は,1週間半おきのペースでゼミを受けています。当然,Web上のやり取りです。今必要なミッションは,博士論文本文を完成させること,副査の先生への説明用のスライドを作ること,学会発表用のスライドを作ることです。

 学会のスライドについては既に出来上がっています。3月から,スキができた時を見つけてスライドづくりをコツコツしていたので,余裕でした。2018年の学会発表の時は査読論文づくりのタイミングと重なった厳しい状況ではありましたが,効率が悪かったので,重そうな査読論文づくりが先だと思い,学会のスライドづくりを最後回しにしていました。

 そうすると,査読論文づくりの作業が簡単に終わるはずはなく,学会発表当日になっても作る作業をしていないといけないなどということになってしまい,それが過労の引き金を引くきっかけになってしまいました。

 ある程度時間のかからなそうな作業は,スキがある時にコツコツしておくのがいいです。

 

優先順位も大事

 前回のゼミから今回のゼミまでのタスクとしては,スライドづくりはタイムスケジュール的に必須,博士論文本文の方にまで手をつけることができれば花丸かなと思っていました。

 今週は副査の先生向けのスライドを昨日作り終えることができたので,予想外にも博士論文本文の作業に取り掛かる余裕ができました。

 前回のゼミが終わったばかりの時は博士論文本文のことをしていたのですが,スライドを先にしないと後が大変になると思い,スライドづくりに移りました。結果,すんなりできたということです。

 これも,優先順位を決めていたから余裕にできたのです。

 学会のスライド→副査の先生のためのスライド→博士論文本文

 学会のスライドをベースに副査の先生用のスライドを作ることで二度手間をなるべくなくすことができます。勿論,発表時間が同じとはいえ情報量が全く違うので,スライドをコピペするだけではいけません。スライドの数を減らさないといけません。しかし,それもベースになるものがあったからこそできた技で,これを1から作っていたら膨大な時間を要していたことでしょう。

 

総括

 重要なのは,時間のマネージメント,コツコツ進めること,優先順位を決めることです。 

現在の状況 4月と5月上旬

 こんばんは,野良イモリです。

 5月上旬,いわゆるGWの期間までの間の総括をしてみます。

思いもよらぬコロナの影響

 当初のスケジュールですと,本文をできるところまで完成させたいなという時頃です。

 実際どうだったかといいますと,わりと余裕でした。例年の4月ですと年度初めということもあってなかなか大変なところです。それが余裕だったのは,コロナの一件があったからです。

 コロナによって3月の仕事のスケジュールはゆったりしていました。70時間以上かけていましたが,通常ですとこのようなことはできませんので,それほどゆったり進められたということです。

 加えてコロナの措置としてオンライン化が進んだこともあります。それまで遠方の大学に出向いてゼミを受けるということをしていましたが,オンラインでゼミをすることになって,時間のコストが大幅に減りました。それも大きいです。

 

副査の先生用のスライドづくり

 主査の先生とは別に,副査の先生が2人ついて,博士論文の審査をされます。

 本文は細かいところをまだ残していますが,当初の予定ですと6月上旬に学位の仮申請を出さなければなりません。手続き上は,仮申請があってから副査の先生が決定されますが,実際には仮申請前に副査の先生に許可をいただいていないといけません。そういうわけで,副査の先生に説明する用のスライドを作ることになりました。

 始めてみると意外と大変です。といっても昨日から始めたばかりなので終わってないのは当然なのですが,前回のゼミからしばらくは本文のほうをしていたので,本文じゃなくすぐスライドにかかるべきだったと後から思いました。

 一応,学会発表はしているので(うち1回は来週なのですが),その学会発表のスライドをベースに作っています。しかし2つの学会発表のスライドを単にくっつけただけではスライドの数が多すぎるのです。学会は30分間の発表なのに対して博士論文の審査も30分発表なので,当然です。

 先輩の博士論文公聴会(発表会兼審査会)のスライドを見るとまとめ方が違っていたので,それを見ながらスライドをまとめる方向で修正しています。その作業が地味に大変です。来週の学会発表のスライドは3月から準備していたのでもう出来上がっているのですが,これもコロナの一件があったから早く出来上がったのです。博士論文を手掛けるのが今年度で本当に良かったです。

 

すごいことをしている実感が出た

 とはいえ社会人学生をしているのもまた事実なので,博士論文を手掛けながら普通に仕事をしている状況は,なかなかすごいのではないかと思いました。

 以前の職場に卒論を書きながら働いていた過去を持っている人がいて,その人に「すごい!」といった覚えがあるんですが,冷静に考えると僕の方がもっとすごいんですよ。すさまじいことを自分はしてるのだという実感が湧きました。

 

今後のこと

 YouTubeで語りましたが,博士課程に進学して得たプラスなことを考えていると,たくさんあります。

 


博士課程進学は本当にマイナスか!?ー博士課程は汎用的スキルを育てるー【大学院 博士課程】

 

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 ブログにも書きました。

 

 前から考えてはいましたが,冷静に今後のことを考えると,現状維持では博士号をもっているただの人,ということになるのです。今の職には博士号はいりません。活用する機会というのも非常に難しいです。そう思うと,2017年から少しずつ感じていた乖離というのが激しくなります。

 僕は修士課程修了後に就職しているのですが,博士課程に進学した理由は研究能力を身に着けることがありました。そのほかにも,研究できない生活がもどかしかったということも背景にはありました。

 修了して学位を取ると,またそのような環境に戻るんですよ。再びもどかしさが出てくる。でも何もできない・・そんな状況にもう一度陥るのです。違うことをしているわけではないのですが,教員に博士号はいりません。仕方がありません。

 だからこそ,今後どうしようかということは真剣に悩みます。

 

総括

 コロナの影響がプラスに働き,博士論文に関してはとても好調でした。しかし,これからいよいよ大変になるぞという兆しは見えてきました。時間ややり方のマネージメントをしっかりして,効率を上げてやっていきたいと思います。

 今後のことについても,真剣に向き合っていこうと思います。

博士課程は本当にマイナスなのか?

 今回は博士課程の学生になると本当にマイナスなのかという話をします。

 個人的に考えていることです。

 マイナス要因は目立つ

 

 博士課程に進学するかどうかで躊躇される最大の理由は,その後の進路です。

  関連記事です。

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 あとは,一般的によく言われる,博士課程に進学してる人はあたまでっかちで使えないに違いない,というような偏見もあると思います。

 マイナス要素を見つめると多々ありますが,本当に博士課程はマイナスなのでしょうか。

身に着けられること

 博士課程で身に着けること。

 

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  • 論理的思考力
  • 論理的に説明できる能力
  • スライドを作って説明できる能力
  • 統計ソフトなどは当然使える
  • 英語能力がある程度以上ある
  • 論文をささっと読めてしまう能力
  • 突き詰める能力(ただし何でも良いわけではない)

 けっこう挙げると大量に出てくると思うのです。

 これらは汎用的スキルだと思います。

 

コロナの情勢を受けたオンライン化のよい部分

 コロナショックで社会全体としてはマイナスなことになっています。

 ただ,このコロナウイルスは,それまでぴくりとも動かなかったオンライン化を一気に推し進めている効果もあります。

 一例として研修が挙げられます。それまで大衆が一堂に会して話を聞くというスタイルが一般的でした。しかし,オンライン化することで,会場に行くまでの費用的,時間的コストを大幅に下げることができているのです。そして,録画さえしておけば繰り返し見ることも可能です。

 そして遠隔地で本来は参加できないような研修であっても,オンライン化することで参加することが容易になります。

 そしてそれは,学位を持った人が情報を発信しようと思う際に,従来であればコストの壁が立ちはだかっていたところを,コストの壁を低くするという効果も持っていると思います。

 この変化は,実はとてもチャンスなのかもしれません。

 

そう思うと生きる道はあるはず

 

 こう考えると,博士の生きる道はかなりあるのではないかと思います。

 社会の側が博士を受け入れてくれないと嘆くことは可能ですが,社会はそうそう簡単に変わりませんので,それを自分の問題として持ってきてもどうしようもないのです。確かに安定した職に就くという意味で研究職はもう大変な状態にまで追い込まれていると思います。確かにそれは日本社会によこたわる大問題だとは思います。

 だからこそ,プラスの要素を見つけて,自力で生きていくこともできるのかもしれないと思いました。

 

 具体策はありませんが,ぼやっとは見えている気がします。

 

 

博士号取得後の社会人学生のキャリアパス

 

 今回は自分のお話もします。

 博士号取得後のキャリアパスについて。

 博士課程に進学することはいばらの道とか言われます。

 

一般学生と社会人学生の違い

 そもそも,なぜ社会人学生になるのか。この疑問には,以下の記事も参考になると思います。

 博士課程に進学する際,考えなければならないことがあります。

  1. 博士論文研究が本当にできるか
  2. 博士課程在学中の学費や生活費をどうするか
  3. 収入をどうやって得るか
  4. 博士号取得後どうするか

  例えば,それまでの学校段階で奨学金を借りていると,それ以上借りづらい状況があると思います。かといって就業できるほどの余裕はありません。さらに,博士課程の場合,修了する人の割合が入学者の75%(修了者。満期退学者は除く)というデータからわかるように,入学後の不確定要素が多いのが実情です。これらの問題点は,社会人学生であれば心配する必要がなくなります。なぜなら,収入を得ており,就業もしているからです。

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  ただし,進路については状況が変わってきます。

 一般学生の場合,おそらく修了時の年齢が27歳~30歳前後だと思いますので,その次に考える進路は必然的に研究職になることが多いかと思います。一方,社会人学生は入学のタイミングが人によって異なると思いますが,30歳代になってからが多いようです。20代で社会人学生として入学する人はあまりいないようです。修了時の年齢も違えば経歴も違うので,その後の進路も変わってくるかと思います。

 

どんな進路が想定できるか

 社会人学生をする場合の,博士号取得後の進路は,

  • 在学時の職場にそのまま留まる
  • 研究職に転職する
  • 実務家教員的立場になる

 こんなところでしょうか。

 社会人の場合,職歴があるので,仕事の内容が博士論文テーマ選びやその研究内容に影響を与えることはあると思いますが,職歴は研究歴とは違うのであくまでも研究者としての実績を積まなければなりません。おそらく,多くの場合は研究を続けたいと思うことになると思います。在学時の職場が研究職であれば,問題ないでしょう。このような場合は,学費も会社が出しているということもあるようです。一方,研究職でない職業なのであれば,現状維持をするか,研究職に行くのかということになります。実務家教員というのは呼ばれないと難しいのではないでしょうか。在学時の職業が安定している場合は,研究のためとはいえそこから離れるという決断を下すのはかなりの勇気がいると思います。

 

なぜ進学したか(するか)に遡る

 僕は,博士課程に進学する目的は持っていましたが,その後のことはあまり考慮していませんでした。勿論,全くなかったわけではありません。しかし,鮮明でなかったことは事実です。ここは,早い段階で鮮明にしたほうがいいと思いました。目標が決まれば,それに向けた自分の努力の方向も決まってくるからです。

 僕は研究がしたいから博士課程に進学しました。それは,修士課程終了後,研究ができない状況にもどかしさを感じたからです。社会的立場,時間的なこと等の理由で,博士課程修了後(=学位取得後),再び研究ができない状況に戻ると考えられます。そうすると,博士号を持っているだけの状態になります。これでは,進学をした理由が殺されてしまいます。

 だから,僕は基本的に現状維持という選択肢を取ることは進学した意義を失う行為であり,将来にわたって後悔を伴う選択肢だと思っています。お断りしておくと,現在の仕事に不満があるのではありません。方向性が変わってきたという感じです。したがって,ステップアップのための離職をしたいと思っています。

 

リスクヘッジをとる

 そうはいっても現状の職業がかなり安定した職業である以上は,離れることは相当なリスクを伴う。だから,リスクヘッジをとっておく必要があります。

 基本的な方向性として,研究のための時間が欲しいですので,非常勤等の仕事をすることが前提になってくるかなと思っています。どこかの組織に所属がないと競争的資金を得ることもできませんので,研究員という立場にはなりたいなと思うところですが,そこが最も難しいかもしれません。

 研究で稼げるのが最も良いですが,収入源になりにくいと仮に考えた場合,収入源は非常勤の職になるかと思います。僕の場合,占いができますので,占い師として活動することもありかもしれません。しかしこれも,すぐ稼げるようになるほど甘いものでないこともわかっています。

 最悪の場合,現在の職業に戻ってくるという選択を取ります。資格がありますので,そういうことも可能です。現状を続けた場合よりは収入は落ちますが,それでも現状とさして変わらないレベルにまでは戻すことができます。

 リスクにはなりますが,リスクを取らないとリターンを得ることもできません。

 

もっと詳しく考えることが必要

 とても重要な決断になるので,いろんな方に相談し,僕も自分自身の将来像を鮮明にしたうえで,慎重に動かないといけません。現状は博士号が取れそうだという段階であり,どの分野の研究者を目指すかということを含めてまだ不透明なところがあります(分野選びはとても重要です 職がない分野と職が多い分野とがあります)。

 いろいろアドバイスをいただければと思う次第です。悩んでいるだけでは変わらないので,こちらから動いていこうと思っています。